2026年1月1日から、「中小受託取引適正化法」(取適法)が施行されました。下請法の改正は実に22年ぶりとなり、違反すれば50万円以下の罰金や社名公表などの対象となる可能性がある等、多くの企業が取引の総点検を迫られることになります。改正の狙いは、中小企業の価格転嫁を促進し、生み出した原資で賃上げを後押しすることにあると考えられます。中小企業の従業者数は全体の約70%を占めており、中小企業の従業者の賃上げを実現することが、物価高に対する生活防衛ひいては日本経済の活性化にもつながるといえます。 この記事では、取適法の改正に至った背景、主な改正点、価格交渉に役立つツールをご紹介します。
2026.02.12
1.中小企業の価格交渉の状況
中小企業庁は、多くの中小企業が価格交渉・価格転嫁できる環境整備のため、2021年9月より毎年9月と3月を「価格交渉促進月間」に設定しています。以下は、2025年9月の価格交渉と価格転嫁状況のフォローアップ調査結果を抜粋したものです。

出典:中小企業庁「価格交渉促進月間の実施とフォローアップ調査結果」(2025年9月)
上の表は、価格交渉の実施状況を示すデータです。価格交渉不要と回答した企業を除く約5万7千社のうち約9割は価格交渉が行われたと回答しており、価格交渉自体は多くの企業で実施されているといえます。その一方で、取引先との関係悪化を恐れて交渉を申し出なかったと回答した企業が約8%と、取引先との力関係に苦慮する企業の実態も垣間見えます。

出典:中小企業庁「価格交渉促進月間の実施とフォローアップ調査結果」(2025年9月)
上の表は価格転嫁の実施状況を示すデータです。価格転嫁不要と回答した企業を除く約6万4千社のうち、全額を価格転嫁できた企業は約3割に留まり、約2割は全く価格転嫁できなかったことが分かります。
また、価格交渉を実施したが、全額転嫁には至らなかった企業約3万2千社のうち、約4割は発注側企業から納得できる説明を得られなかった、あるいは説明自体がなかったと回答しており、価格交渉自体は一般的になりつつありますが、価格転嫁や発注側企業からの説明の程度は不十分であることがわかります。
取適法の施行により、価格協議において、必要な説明又は情報の提供をしないことや一方的な価格決定は禁止されるため、中小受託事業者は粘り強く価格に関する十分な説明を委託事業者に求めていくとともに、委託事業者もその求めに誠実に応じる義務があります。

出典:中小企業庁「価格交渉促進月間の実施とフォローアップ調査結果」(2025年9月)
2.中小企業の賃上げの動向
最低賃金の上昇に伴い、中小企業の賃上率は2023年以降大幅に上昇したものの、全体の賃上率との乖離幅は、2023年が0.35%であったのに対して2025年は0.60%に拡大しており、大企業と中小企業との間で賃上力に差があることが見て取れます。

出典:日本労働組合総連合会「2025春季生活闘争 第7回(最終)回答集計」(2025年7月1日集計・2025年7月3日公表)
注)中小賃上率は、組合員数300人未満の組合における賃上率を指します。
また、2025年度に賃上げを実施した中小企業は約70%にのぼります。そのうち約60%が業績の改善が見られないものの、人材確保や物価上昇への対応に迫られた防衛的な賃上げを実施しています。


※業績が好調・改善しているため賃上げを実施(予定を含む)」もしくは「業績の改善が見られないが賃上げを実施(予定を含む)」と回答した企業を100とした場合の割合を表示。
出典:日本商工会議所・東京商工会議所『「中小企業の賃金改定に関する調査」集計結果』(2025年6月4日)
取適法改正の背景には、取引適正化を促進することで、取引先に十分な価格転嫁を実現できず業績の改善が見られない状況下でも人材確保等の観点から賃上げをせざるを得ない厳しい立場に置かれた中小企業を支援するという意思が感じられます。
次に、取適法の改正点の中でも影響が大きいと予想されるものについて解説します。
①協議に応じない一方的な代金決定の禁止
委託事業者が、中小受託事業者から価格協議の求めがあったにもかかわらず、協議に応じなかったり、必要な説明を行わなかったりするなど、一方的に代金を決定することが禁止されます。なお、中小受託事業者から価格協議を求める背景には、労務費、原材料価格、エネルギーコスト等の費用の変動のほか、従来の納期の短縮、納入頻度の増加や発注数量の減少等による取引条件の変更、需給状況の変化、委託事業者から従前の代金の引下げを求められた場合なども含まれます。
②従業員基準の規模要件への追加
下請法では、対象取引の規模要件に資本金が用いられていましたが、下請法の適用対象から逃れることを意図した減資(資本金を減らす行為)が散見されたことから、新たに従業員数が規模要件に追加されました。資本金基準では取適法の規模要件に該当しない場合でも、従業員基準で規模要件に該当する場合には、取適法の対象取引に該当します。

出典:公正取引委員会『中小受託取引適正化法ガイドブック』(2025年6月)
③手形払等の禁止
取適法適用対象取引において、手形での支払いが禁止されます。また、その他の支払手段(電子記録債権、ファクタリング等)についても、支払期日(最長で、発注した物品等を受領した日から起算して60日以内)までに代金満額相当の現金を得ることが困難なものは禁止されます。なお、振込手数料を受注者に負担させる行為は、合意の有無に関わらず、代金の減額に該当し、違反行為となる点に注意が必要です。
④特定運送委託の対象取引への追加
下請法では、運送事業者から運送事業者への物品の運送の再委託が対象とされていましたが、取適法への改正に伴い、発荷主が運送事業者に対して物品の運送を委託する取引が新たに規制対象取引に追加されました。これは立場の弱い物流事業者が、荷役や荷待ちを無償で行わされているなど、荷主と物流事業者間での問題を解消することを目的としています。

出典:公正取引委員会『下請法改正(取適法)の概要について』(2025年9月18日)
取適法の改正により、価格交渉の機会が増えることが想定されますが、これまで価格交渉をしたことがない企業にとっては何から手を付ければいいのか迷われると思います。そこで、価格交渉に役立つツールをいくつかご紹介します。
①価格転嫁サポート窓口
委託事業者の購買担当者は、なぜ購入価格を引き上げる必要があるかを社内で説明する責任がありますので、その方々が社内で説明をする際にも使用できるような定量的、客観的なデータがないと、価格交渉はスムーズには進まないことが予想されます。そのため、効果的な価格交渉のためには、コスト増加分を定量的に把握し、原価を割り出して提示することが有益です。原価情報を提示するための社内体制が構築できていない等、お困りの際には全国のよろず支援拠点に設置された「価格転嫁サポート窓口」を活用されてみてはどうでしょうか?価格転嫁サポート窓口では、中小企業等に対する価格交渉に関する基礎的な知識や原価計算の手法の習得支援を実施しています。
②価格交渉ハンドブック
中小企業庁より価格交渉のためのハンドブックが公表されています。
③シミュレーションツール(中小企業庁)
中小企業庁より以下のシミュレーションツールが登録不要、無料で公開されています。
・価格転嫁検討ツール:コスト高騰前と同水準の利益を確保するために、商品別の収支状況を把握し、目指すべき取引価格を検討できるツールです。
・儲かる経営キヅク君:商品、取引先ごとの収支状況やコスト構造の変化を可視化し、価格転嫁の目安や商品戦略、事業戦略等を検討することができるツールです。
①~③まではいずれも中小企業庁の以下のHPよりアクセスが可能です。
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/shien_tool.html
④シミュレーションツール(埼玉県)
埼玉県が独自に以下のシミュレーションツールを公表しています。このツールは専門家が外部環境を分析する際にも活用しており、各種コストの増加幅を視覚的に把握することが可能です。
・価格交渉支援ツール:企業間で取引される様々な原材料やサービスの価格を自由に選択し、価格の推移と増減をグラフ化できるツールです。
・収支計画シミュレーター:価格転嫁の有無が今後の企業収益に与える影響を試算できるツールです。
埼玉県HP
https://www.pref.saitama.lg.jp/a0801/library-info/kakakukoushoutool.html#download
デフレの長期化で、コストの上昇分は下請け企業が負担すべきとの悪しき習慣が根付いてしまったように感じます。取引先との関係性が悪化することを恐れて価格交渉を依頼できず、物価高の局面で、じり貧の状況に追い込まれている中小企業も多いのではないでしょうか。人手不足が叫ばれる今の時代、価格転嫁により賃上げの原資を確保し優秀な人材を採用できなければ、企業の存続自体が危ぶまれる状況であり、従業員を預かる経営者にとって価格交渉は義務であるとすら感じます。物価高の厳しい局面を打破するためには、まず何よりも声を上げることが大事だと思います。
価格交渉のために必要な材料を自社で準備できないと感じる場合は、「価格転嫁サポート窓口」だけでなく、ぜひ当社にもご相談ください。価格交渉では、しっかりと原価の根拠を積み上げて発注元に示すことが重要で、この部分はまさに当社が得意な管理会計の分野でもあります。実際に、金属加工業のお客様の価格交渉の基礎資料作成をサポートする等、支援実績も豊富にあります。
原価に関するデータが手元に残っていないような場合でもご安心ください。まずは価格交渉にあたってどのようなデータが必要になるかを整理し、それらのデータを記録、収集するための管理体制の構築、さらには収集したデータをもとにした価格交渉資料の作成サポートまで、企業に寄り添った支援をさせていただきます。
この記事が、価格交渉に臨まれる皆様にとって、少しでもお力添えになれば幸いです。