「IPOに向けた事業計画とは何か?」について解説します。
2024.12.17
IPOにおける事業計画(以下、「事業計画」)は、投資家が企業の成長ポテンシャルやリスクを理解し、投資判断を下すための基礎的な資料と位置付けられることから、上場審査の中でも最も重要視される審査項目のひとつです。
上場企業は「社会の公器」と言われるように、株式公開により不特定多数のステークホルダーが関与することになります。また、株主から継続的な企業成長を求められることからも、客観的かつ説得力のある事業計画を作成することで、ステークホルダーに対して説明責任を果たしていく必要があります。
では、「客観的かつ説得力のある事業計画」とは、いったいどのようなものを指すのでしょうか。
それは、企業のミッションやビジョン、それを実現するための経営戦略といった「定性情報」と、それらに裏付けられた売上高・利益目標といった「定量情報」が一体として事業計画上表現されることで、第三者に納得感を与えられる計画であるといえます。(例えば、今後取り組むべきビジネスモデルが十分に練り上げられたものだったとしても、それを実行した結果として、どの程度の売上高・利益が見込まれるのかといった定量的な目標が抜けてしまうと、投資判断をするための材料としては片手落ちとなり、不十分なものになってしまいます。)
本記事では、事業計画の策定意義や、計画を策定するにあたって意識すべきポイントを紹介していきたいと思います。
■ 投資家や金融機関に対して、投資・融資の判断材料を提供すること
前述した通り、事業計画においては、一般的に、「自社のプロダクト・サービス提供を通して、どのような世界を実現したいと考えているのか?」、「どのような時間軸でビジネスの拡大を思考しているのか?」、「業績目標はどの程度となる想定なのか?」といった内容が盛り込まれます。これらの情報を事業計画として言語化することで、投資家(ベンチャーキャピタルや機関投資家、個人投資家等)や金融機関が、投資・融資をするにあたっての判断材料を提供することができます。
■ 資本政策(エクイティストーリー)への橋渡し
事業計画の策定により、計画を遂行するにあたって、どのタイミングで、どの程度の資金需要が発生するかを見える化できることから、資本政策(エクイティストーリー)を検討する上で、事業計画は重要な基礎情報となります。
■ 部門間・メンバー間の目線合わせ、およびモチベーションの向上
事業計画を社内で共有することで、会社として向かうべき方向性が明確になり、部門間やメンバー間の目線(ベクトル)を合わせることに役立ちます。また、数値目標が見える化されることで、メンバーのモチベーション向上も期待できます。
■ 将来の中核メンバーの育成
事業計画の策定においては、自社の経営戦略や経営課題を社内で幾度となく検討・議論するため、将来の中核メンバーの育成機会として活用することができます。
一般的に、事業計画策定にかかるプロジェクトチームは部門横断的なメンバーで構成されることから、各部門の現状・課題を認知することで、自部門に閉じた目線で課題を捉えるのではなく、会社全体の目線で課題を捉えるきっかけとなり、メンバーの視座を高めることに繋がります。従って、プロジェクトチームの立ち上げにあたっては、部門長レベルに留まらず、将来的に各部門のリーダーとなり得るメンバー層まで巻き込むことが望ましいでしょう。
ここまでで、事業計画の内容やその意義について解説してきました。
では、実際に事業計画を策定する段階では、どのようなことを意識すればよいのでしょうか。
特に意識すべき項目を5つ、ピックアップしてみました。
① 経営戦略は、「外部環境」および「内部環境」の双方の観点から考える
② 数値計画は、「財務三表」をベースに考える
③ 数値計画は、「積上方式」と「逆算方式」を使い分ける
④ 事業計画は、「N-2期」までに策定する
⑤ 事業計画は、「3年サイクル」で策定する
では、その詳細について解説していきます。
経営戦略の検討にあたっては、外部環境および内部環境、双方の観点を意識することが大切です。
具体的には、中長期的な外部環境のトレンドを踏まえた自社の成長ポテンシャルや、自社のビジネスモデルの特徴、プロダクト・サービスの特徴を分析して得られた強みや弱みに言及すること等が挙げられます。
以下はあくまで一例ですが、必要に応じて、フレームワークを活用した分析も有効と思われます。
■ PEST分析
マクロ環境分析の手法。Politics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)の観点から、企業を取り巻く環境変化を分析する。
■ 5フォース分析
業界環境分析の手法。企業を取り巻く5つの力(既存企業同士の競争、売り手の交渉力、買い手の交渉力、新規参入の脅威、代替品の脅威)の観点から、業界収益構造等を分析する。
■ SWOT分析
ビジネス機会導出の手法。Strength(強み)、Weakness(弱み)、Opportunities(機会)、Threats(脅威)の観点から、外部環境と内部環境を整理し、ビジネス機会とその成功要因(KSF)を分析する。
企業活動を定量的に捉える上では、売上高や利益といった損益項目だけでは不十分であり、設備投資や資金調達といった、損益情報だけでは表現されない要素も含めた数値計画を策定することが必要です。従って、数値計画は、財務三表(損益計算書、貸借対照表、キャッシュ・フロー計算書)をベースに作成することが重要となります。
また、財務三表計画を基礎としつつ、社外用・社内用などの「目的別」や、楽観シナリオ・ベースシナリオ・悲観シナリオなどの「シナリオ別」に分けて計画することも有用と考えられます。
数値計画は、「積上方式」と「逆算方式」の2種類に分けることができます。
「積上方式」とは、関連するKPI(重要業績評価指標)等を基礎としてモデリングし、数値計画を策定する方法です。モデリングにより一つ一つの数値に根拠を持たせることが可能なため、必要に応じて数値計画をチューニングすることが容易となります。
一方、「逆算方式」とは、IPO時の目標時価総額(株価)を設定し、類似業種PER(株価収益率)を以て、目標とするEPS(1株当たり当期純利益)を逆算し、それを基礎として数値計画を策定する方法です。
これらの方法を適切に使い分けながら、数値計画の策定を行う必要があります。
IPOを目指すスタートアップ企業は、通常、各投資ラウンドにおいて投資家から株価算定(バリュエーション)のため事業計画の提出を要求されます。従って、投資ラウンドに入るまでには、事業計画を準備しておく必要があります。
また、IPOまでに株式発行による資金調達(エクイティファイナンス)を見込まない場合でも、上場準備会社として、N-2期中には予算統制体制整備が求められることから、遅くともN-2期には事業計画を準備する必要があります。
事業計画を策定する際、計画期間が短すぎると、中長期的な経営方針や成長曲線を事業計画に反映することができず、投資判断に資する情報としては不十分と言えます。一方で、計画期間が長すぎると、変化の激しい現代において、信憑性に欠けた事業計画となるリスクがあります。
また、事業計画は一度策定して終わりではなく、一定期間を経て内容を改訂する必要があります。
具体的手法としては、計画を毎年改訂する「ローリング方式」と、計画期間中の改訂を行わない「固定方式」が挙げられますが、適時に外部・内部環境の変化を織り込むことが可能な「ローリング方式」により、毎年事業計画を改訂することで、計画の有用性が高まると言えます。
IPOにおいて重要な意味を持つ「事業計画」ですが、変化の激しい昨今、計画通りに経営を行うことは非常に困難を伴います。投資家や金融機関に対する説明責任の観点からも、日々のモニタリングを通してPDCAサイクル(計画・実行・評価・改善)を回し、計画にフィードバックすることで、より確度の高い事業計画とすることが可能となります。
事業計画は検討すべき項目も多く、取っ付きにくいという印象を持たれる方もいるかもしれません。
本記事で挙げたポイントも意識しつつも、外部・内部の人間を問わず、「ワクワクできる」計画を作り上げることが、何より重要かもしれません。